副詞「せっかく」の用法 『日本語・日本艺术探讨』7 はじめに 新聞にこんな記事があった(注1)。 長男の妻が好意を受け取らないと嘆く56歳の女性からの投書が大きな反響を呼んでいる。「嫁」たちからの反論や、「姑」からのアドバイスなどが寄せられているというのだ。この記事にイラストがついている。息子のために持ってきた品物を手にして差し出している姑と、手を振って断っている嫁とが向かい合って火花を散らしている。両者の間に「せっかく」の文字が書かれている。題して「・せっかく・の不一致」。 この状況を会話で記してみると、次のようになろうか。「うちの子が好きなものを持って来たんだけど」「あら、すみません。でも、昨日、ちょうど買ったばかりで、たくさんあるんです」「どうして。たくさんあったって、いいじゃないの。うちの子の大好物なのよ」「せっかくですけど、食べ切れませんし」「でも、せっかくこうやって持って来たんだから、受け取ってくれたっていいじゃないの」「ごめんなさい。こないだも、腐らしてしまいましたし」「せっかく持ってきたのに、そんな言い方ってある?」 副詞「せっかく」をめぐって、品物の授受という一つの出来事に対して、話し手の見方やたちばによって、相反する使用法があることを捉えているのである。息子の妻は、姑の好意を断るために「せっかくですけど」を使用し、姑は、嫁の言動に承伏できず、自分の好意を押しつけるために「せっかく~んだから」「せっかく~のに」を使用している、とでも言えるだろう。同じ「せっかく」を使用しながら、話し手の心理や感情と、相手に対する配慮のありかたによって、相異なる使用法があることがしめされている。 ところで、「せっかく」は、2、3歳の幼児でも使用することのある副詞である。ただし、このような年齢の幼児には、「せっかく~したのに」といった使用法はあっても、「せっかく~だから」とか「せっかく~だけど」といった使用法はないように思われる。一般成人のばあいには、相手に配慮して自分の心理や感情を抑制して使用することがあると考えられるが、幼児のばあいには自己中心的な心理や感情のおもむくままに使用するといった特徴が、この副詞にはあるようである。
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