「授受表現」に見られる日本人の「恩恵心理」[日语论文]

资料分类免费日语论文 责任编辑:外语论文网更新时间:2017-04-01
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 はじめに

 日本語においては、「授受」に関する動詞はいくつかあることはだれとも知っておられるはずであろう。だいたい「あげる組」、「くれる組」、「もらう組」と三分されている。[i]さらに、「あげる」「やる」「くれる」「もらう」「差し上げる」「くださる」「いただく」という七つのは「授受動詞」と呼ばれる。ところで、日本語の中にはなぜ数え切れないほどの「授受動詞」あるいは「授受表現」が存在しておくか、日本人が「授受表現」[41]と「授受動詞」を日常生活に使うことを通じてどのような心理や性格を反映しようとするのか、という問題は日本語学習者にとっては興味深い課題となるのであろうかと思われている。

本研究では、実生活における「授受表現」に焦点を当て、その場合の「授受表現」の使用状況を考察しながら日本人の「恩恵心理」をどのように反映するか、論じてみようとする。本論文は、「授受動詞」の適当な使い方をまとめ、日本人の特有的な「恩恵意識」とのかかわりを論述することを通じて、日本語学習者が日本語の「授受表現」を身につけられ、日本人の性格や心理が更に理解できることに一助となるであろうと考えられる。

本研究ではわざとらしい言葉遣いを避けるために、日本人の日常会話に使われるものをデータに収集する。具体的に、映画や小説のような自然的な会話に出てきた「授受表現」を例に取り上げてみる。本研究では、まず「授受表現」の定義、種類、表現形式などについて説明しておく。それから、「授受関係」や「指し向き」などの移り変わりを論述しながら、それに隠れている日本人の「恩恵心理」を明らかにしてみようとする。つまり、具体的な文脈と結んで「授受表現」と「恩恵心理」の関係を説明してみる。最後、以上の対応関係が生ずる文化要因及び言語表現にもたらした反作用を明らかにしてみる。

 

 

第一章 先行研究

1.1「授受動詞」と「恩恵心理」の定義

「授受動詞」と「与える」、「受け取る」のような単純的な他動詞とは根本的な区別が付いている。つまり、「授受動詞」のほうは「恩恵性」を持ち、自分が受け取ったのはおめでたいものではないかと思われている授受の対象によく使われる動詞である。言い換えれば、授ける方と受ける方との間で恩恵のやりとりという関係が存在している。

「恩恵心理」とは、まず「恩恵」に対する説明は自然や他人からなさけを受け、人間などに豊かにさせ、幸福をもたらすことである。「恩恵心理」は「恩恵」に基づいて社会中認められて慣れてくる、行動によって捉えられる人々の心的過程であるといえる。さて、漢字圏に属するわが国では、ものの受け渡しにしても行為、動作のやりとりにしても日本とぜんぜん違って、一つの漢字「給」しか使わないだけで対人関係を伝えられるようになる。一衣帯水の隣国である日本では、それほど複雑な「授受動詞」あるいは「授受表現」を使わなくては対人関係を明らかにしてすまないことはなぜであろうか。言語はカルチャーのメディアといわれるので、「授受表現」の上に何か民族心理や民族性格を反映できるはずであろう。

1.2本研究に関連する先行研究

今までの「授受動詞」と「恩恵意識」についての研究がたくさん行われていた。具体には、张敏(2009)は「授受関係」という言語行動を概観している。「授受」は授けることと受けることであり、物や金の受け渡しだけでなく、恩情や恩恵などにも「授受」も使えると指摘している。

符夏鹭(2007)は「授受関係」は日本語における特有の言語現象であり、日本人の内外意識、上下意識と「恩恵意識」というような心理を反映していると述べている。そして、日本人の日常会話における「授受関係」の特徴を考察し、会話者間の地位差に基づいて、「授受動詞」の選出の規律を総括した。

王睿来(2008)は「授受関係」の使い方と日本人の「恩恵意識」とのかかわりを詳しく研究し、両者の因果関係を深く考察し、「恩恵心理」と敬語の相互作用を発見した。それに、「言語は文化の媒介であり、文化は言語に反作用をしている」という観点を提出した。

「授受関係」に対する社会言語学的な研究を行っているのは欧米の言語学家である。例えば、Ruth Benedict(1887)[42]の『菊与刀』。ほかに、横田(2009)は日本語の「授受表現」は日本語学習者にとってはごく難点であると言っても過ぎない。なぜなら、「授受表現」の使用は発話者が物や事柄の移動と対人関係という視点から配慮しなくては発話はうまくいかないわけであるとされている。また、「授受動詞」のうえに「~て+授受動詞」の形とする補助動詞も利益や恩恵の授受や動作のやりもらいに使われる場合が数多いとされている。

魏林(2007)は日本人の発想は相手に世話を受けたり、手数をかけたりするのではないかと考え込んでいる。そのため、言葉遣いのうえでよく「授受表現」を通じて感謝など気持ちを伝える。「授受動詞」の使い方は恩恵の流れに決められるわけで、「授受表現」を理解するには必ず恩恵の流れを把握し、「恩恵心理」を理解しなくてはならないと掲示している。

以上に概観したように、日本語の「授受表現」の使い方及び特徴を詳しく論述しておいた。だが、「授受表現」の言語性と「恩恵心理」の社会性との関係に対する研究は不十分のようである。従って、本論文では、先行研究に基づいて、「授受表現」の使われている実況を考察しながら、日本人の「授受表現」反映している「恩恵心理」を論述しようと思う。

 

 

第二章 「授受表現」と「恩恵意識」の対応

2.1日本語における「授受表現」

 日本語では、「授受関係」は「物」授受と「恩恵」授受二つの種類に分けている。使用場合も違うものの、本質はおおよそ同じである。日本語の「授受動詞」は使い方や意味によって、一般的に次のような三種類に分けられている。

【表 1】

授受動詞

使い場合

あげる

話し手が「授」の側にいる

くれる

話し手が「受」の側にいる

もらう

話し手が「受」の側にいる

さらに、三種類にはほとんど同じ意味を表す動詞がある。例えば、「あげる」には「やる」と謙譲語の「さしあげる」、「くれる」には尊敬語の「下さる」、「もらう」には謙譲語の「いただく」である。つまり、次のような対応関係に表している。

 

例2と例3の区別は、「差し上げる」を使う時に、人に尊敬の感じを与える。だから、あげる組の使い方は次の図のように現れている。なぜなら、「さしあげる」は本来「上へあげる」、「たかくあげる」という意味をする動詞である。最初に、「差し上げる」の使い方は以下の通り、しかし、今の「この靴をさしあげましょう」の「授」を表す場合と違うようになった。口語では、「差し上げる」の中に含まれている「上」の意味は地位の「上」で、単純な心理的な感じである。「あげる」は「さしあげる」のような本来は「力や手を加えて、物の位置や状態や次元をたかくする」(広辞苑)という意味で、物を高い所に移動させることを表す動詞である。「授」を表す場合に同等以上に対して使う動詞である。「やる」は最初から「身分が同等以下の物に与える」(『万葉集』[43])という意味が生まれて、現代日本語ではこのような意味が受け継がれている。「やる」と「あげる」の区別は自分より下にあるものに対して「やる」を使用する、「あげる」は中立的で、目上の人に対するなら「さしあげる」の使用だと認めているが、実は「動物に餌をやる」、「植物に水をやる」と言うような場合「やる」のかわりに「あげる」を使う人が多い。「あげる組」と同じように、「もらう組」もそのような上下の区別を持っている。

「贈り物を受ける。人に請うて自分の物とする。」という授受本動詞「もらう」の意味から考えると、中国語の“得到”、“给我”、“领到”に対応すると言ってよいだろう。「あげる(やる)」はものが自分の傍から人のほうへ移動する感じを与えるとすれば、「もらう」はちゃんと逆の感じをする。それに、「くれる組」は人の視点から「あげる」という動作を述べる。視点の違いを無視すると、その意味は「あげる組」とは実に同じとは言える。なぜなら、中国の学生たちは「「授受表現」が難しい」と考える。中国人もアメリカ人も理解できないのは、なぜで簡単な授受動作をこんなに複雑にする。アメリカでは、「I give you」、「you give me」、中国では「我给你」、「你给我」と述べて、簡単で分かりやすい。日本人はそんなに複雑な「授受表現」を使って、絶対に自分なりの理由をもっている、それは恩恵心理であろうと思う。

 

 

2.2日本人の「恩恵意識」

周知のとおり、日本は階段の社会である。このような社会の中で、人間の思想は等級観念に支配されるため、人と人の間の付き合いも上下関係に関する厳密な段階社会関係である。日本語の中で、「恩恵授受関係」の表現はそのような社会の形態の体現のひとつであるといっても過ぎないであろう。

 日本で、最初に恩恵の観念を記載した書籍は『古事記』[44]の中に「白図の仕返しの大国の主な神」のストーリがあるわけである。あれは西暦紀元の8世紀の頃なので、これは少なくとも当時の日本人がすでに恩恵の観念が存在していたことが表明できるといえる。

 現代の日本には、「鶴の恩返し」[45]と「忠犬ハチ公」[46]が誰でも知っているストーリである。この二つのストーリも「恩恵意識」をよく体現している。『菊と刀』の中はこのように言った。

世界で各種の価値観の中で、日本人の「義」は最も独特――それが金利のように絶えず増加する借金だ、それは願わないのにどうしてもしなければならないことで、人々の背負う重い心理の負担で、胸のうちに覆う陰影だ。

――『菊と刀』 商務印書館出版 2001 

 日本語の中には「情義が最も受けにくい」という諺がある。一人で必ず他人の恩情に応えなければならないように、人々も必ず他人の「情義」に報いなければならない。しかし、「情義」の求めた義務は「恩情」の求めた義務と同じではない。英文の中には「情義」の対等の言葉を探しにくい。しかも今までのところ、人類学者は「世界の文化の道徳的な価値観がすべて独特のことだ」ということを発見したが、日本文化の中の「情義」は明らかに最も特有だ。それは日本なりのものだ。例え具体的な概念の上で多少異なるものの、「忠実」と「孝行」は日本と中国の共の道徳規範である。「情義」は中国の儒教と関係がなくて、東方の仏教と関係もない。それは日本の本土のものだ。もし日本人の「情義」はどのようなものかを調べなければ、我々は日本人の行為をはっきり分かりにくい。日本人は名誉の見方と個人に対して自分の行為の動機、本国につきあった進退きわまる立場に言及する時、全て「情義」に話し及ぶ。

 そのため、日本人にしてみれば、恩情はとても大きな負担で、日常の言語対話の中で、誰でも誰に「恩恵」をかけることは「授受表現」を通じてはっきり表している習慣に慣れた。同時に、言語の技巧を運用して極力相手に恩恵の感じを加えることを免れる。多分これこそは日本式の配慮表現であろうと思う。

2.3「授受表現」と「恩恵意識」の対応関係

2.3.1「てやる・てあげる・てさしあげる」との対応

 日本人の意識の中では恩返しの弁済するように、日本語の言語表現の中にできるだけ相手に人情の負担を背負わせることを避ける。日本語の中に多くの「配慮表現」がある。たとえ自分の行為の自身は相手に対して一定の利益があるとしても、言語の中でできるだけ表現しない。これは日本語の中で「配慮表現」の原則の中の一つである。この原則によって、日本人はすべてできるだけ「~てやる・あげる・さしあげる」の表現の形式を使うことを避ける。それは「~てやる・あげる」が当方人員に属して他の場所へ恩恵を施すためである。

 例えば、日本人が人にものを送る時、「送ってあげましょう」を言うことはありえなくて、「気持ちだけのものですが、どうぞ受け取ってください」あるいは「よかったら、どうぞお使いください」をいうこととなる。同様に、他の人にものを渡す時も「お荷物を取って上げましょう」を言うことはできなくて、「お荷物をお持ちいたしましょう」を言う。これは、「あげる」の恩恵を施す感じは比較的に強烈で、人に傲慢な感じに与えるためだ。

 このような「恩恵意識」は菊地と康恩が言うように、「例え自分は相手から恩恵を得ることはないとしても、恩恵を受けた表現を表すべきで、これは他人に対する尊重の一種だ」。

 逆に、「たとえ実際の情況は自分が他人へ恩恵を施すことがあるとしても、言語の上でもそのような感じを表現することができません。

2.3.2「~てくれる」、「~てもらう」との対応

 もし当方人員はある種類の動作の受容者であれば、その動作は当方に対して有利で、それなら必ず「~てくれる」、「~てもらう」の表現の形式を使わなければならない。「~てくれる」、「~てもらう」は主語、補語の位置は異なるけれども、すべて当方人員が他の場所の恩恵を受けることを表しているのだ。「恩を知っている」の精神が日本人の行為を定めたため、日常の付き合いの中に日本人でよくこの2種類の表現の形式を運用して、相手に対する感謝の思いを伝達する。

 「例えば、私がみなさんに写真屋を紹介しようとする時に、この写真屋なら皆さんに紹介しても悪くないだろうなと考える。こうした場合、「この写真屋がうまいんですが、一度彼のところへ行って写真を撮ってもらってやってくださいませんか。」こう言います。 「とってもらって」というと皆さんがこの写真から恩を受けること、「やって」というと写真屋へ恩を施すこと、「くださいませんか」というと私が皆さんから恩を受けることを表すわけでありまして、恩の関係はこのように移動するのであります。」

 上の段落は金田一先生[47]は「日本語の特質」を論説した時に挙げられた例である。「取ってもらって」を使うのは皆が写真館から恩恵を得ると言うことで、「やって」を使うのはみんなが写真館に対して恩恵を施すと言うことで、「くださいませんか」を使って表示は私がみんなから恩恵を得るのです。これで、みんなと撮影技師の恩恵関係を非常にはっきりしていることに表現して、同時に話者の謙虚な態度を表現した。

2.3.3「願い出ること」を出す場合

 日本人が相手にある種類の願い出ることを出す時、相手の行為が当方に対して明らかに一種の恩恵の行為のために、よく「~てくれる」、「~てもらう」の表現の形式を使うこともある。時には「~てくれる」の命令形式の「~てくれ」とその尊敬の形式の「~てください」を使って直接願いを出して、時には「~てくれる」、「~てもらう」の形式を使って間接的な願いを表現する。表現して間接的に願い出る時「~てくれますか」、「~てもらえますか」などの疑問の形式あるいは「~てくれませんか」の「~てもらえませんか」などの否定の疑問の形式を使って、もっとやさしくなる。その外、時には「~てくれる↑」、「~てくれない↑」などの形式で音調に上昇して間接的な願いを表していることにも伴う。普通は、「~てもらえる、~ていただける」が「~てくれる、~てくださる」の礼儀正しい程度に比べるのは高くなり、否定の疑問の形式は疑問の形式より更に礼儀正しく更に恭しい。

 

 

 

第三章 「授受表現」と「恩恵意識」の対応関係が生ずる文化要因

「恩恵意識」が日本の普遍的な存在になっている原因は日本の自然環境、社会環境と宗教環境の三つの方面から考察できる。

 ある地域は必ずそこに住んでいる人々の性格と思想に重大な影響をする。日本人はいつも「日本が自然の恩恵を楽しんでいる」と考えていて、日本人の「恩恵意識」このような考えから生み出した。

 周知のように、日本は昔から階級社会である。その厳しい等級制度と等級観念は日本社会の秩序を維持していた。日本語の中で尊卑、恩恵の授受する関係の表現はこのような社会形態と価値観を体現しているのである。従って、日本語の恩恵の授受する関係の表現はこのような多くの言い方がある。

 日本の本土の宗教の中で、「八百万神」の言い方がある。日本人は万物の背後にすべて神霊が存在し、人々は神霊に庇われて生活している。それから人々は神霊のことを感謝して、祭りを始めた。そのため、日本人の「恩恵意識」の範囲は更に拡大した。つまり、宗教は間接的に日本人の「恩恵意識」を強化したことが言える。

 

終わりに

 

言語と文化は深い関係を持っている。言語は文化の媒介であり、文化は言語に反作用をしている。今の社会は情報化、国際化になってきて、異なる国家と民族の間文化の距離はだんだん短くなる。しかし、数千年来の文化の差異はまだ存在している。文化の摩擦は必ず日々進歩の経済交流の阻力になる。特に中国と日本は隣国として、その文化の交流と摩擦はより多いといっても過ぎない。日本語は中日両国の交流手段として、その重要性はいうまでもない。そのため、日本語を生んだ独特な日本文化がわからないと、日本語の理解もできない、日本人の考え方は捉えないはずであろう。

 本論文では、「授受表現」の中日対応の面から、いろいろな例を挙げ、「授受表現」の正しい使い方および日本人独特の「恩恵心理」について簡単に説明した。

今までは、「授受表現」に関するさまざまな研究はたくさん発表されたが、本文は先人の基礎に基づいて、自分の習得を簡単にまとめておいた。まだ不足なところがたくさんあると思うが、これから、もっと頑張って続けていこうと思っている。

 

 

謝 辞

 

本論文作成中、斉珂先生から多忙中にもかかわらず、貴重なご指導をいただきまして、心から感謝の表し次第です。

 

 

参考文献

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