从《游清五录》看高杉晋作的中国观/[日语论文]

资料分类免费日语论文 责任编辑:花花老师更新时间:2017-04-13
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从《游清五录》看高杉晋作的中国观/
「遊清五録」からみた高杉晋作の中国認識

摘  要
1862年德川幕府派遣官船出使上海。千岁丸作为贸易官船,是日本自1858年开国,日语论文题目,8年来第一次向中国派遣的官船。距离上一次日本向中国派遣官船已达200多年之久。日本在闭关锁国时期只允许中国的商船来往长崎,而日本人想要去中国却是被严格禁止的。在此之前,关于千岁丸出使中国的背景,目的,日本人的中国观的探讨已经有很多了。本文想通过千岁丸上的船员高杉晋作所写的上海访问日记《游清五录》,来探讨高杉晋作访问上海时所产生的的中国观以及此次上海行对高杉晋作所产生的作用。

关键词:千岁丸 高杉晋作 游清五录  中国观

要  旨
1862年(文久二年)徳川幕府は官船の千歳丸を上海へ派遣した。千歳丸は貿易商船として、1858年の開国以来、日本から初の中国派遣船である。鎖国時代の長崎は中国からの唐船貿易が盛んに行われていたが、日本人が中国に渡ることは禁じられており、漂流を除けば、日本人が中国を正式に見聞するのは200年であった。千歳丸派遣の背景、目的、上海への認識等については、これまでの探讨にまかせるとして、ここでは残された「遊清五録」を通し、日本人が初めてみた上海、中国人へのイメージを明らかにし、そのとき形成した高杉晋作の中国認識、そして上海行により、高杉が受けた影響を探討した。                
キーワード: 千歳丸 高杉晋作 遊清五録 中国認識

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