第2節 課題解明の措施 この『風の歌を聴け』は、40の章から成り立っている。一見ばらばらに叙述されているようなこの小説を、一つの物語として捉えるのは難しい。そこで、それぞれの話題ごとに考えることにした。また、各話題を6つに分類し、その終わり方に表現特性があると考え、それぞれの終わり方に特に注目することにする。そのためにここで、課題解明のために使う尾括形式についてまとめておく。 課題解明のために使う考え方は、「6つの話はそれぞれで何らかの終結を見ているが、この小説全体としての完結はしない」というものである。これは塚原鉄雄氏の「尾括形式の欠落する著作は、著作世界は終結するが完結はしない。」という理論に従っている。それではこの「尾括形式」についてまとめる。 「尾括」 最後を括る。括るとは、括られている部分と括っている部分の質的な差のことをいう。 ここでは仮に括られている部分を被括部分、括っている部分を括部分とする。 また、「尾括形式」をまとめるにあたって「事物論理・思考感情論理」の2つの考え方を使う。まとめると下のようになる。 <事物論理>で終わる 被括部分と括部分の間で、事態に何らかの変化があって終わること。 <思考感情論理>で終わる 被括部分と括部分の間で、思考や感情に何らかの変化があって終わること。 後日談で終わる。<事物論理> <思考感情論理> 「しかし彼女は、今までになく幸福そうな表情をしていた。」(『家族八景』 筒井康隆) 別れて終わる。<事物論理> <思考感情論理> 「手を振ってくれて、ありがとう。何度も、何度も手を振ってくれたこと、ありがとう。」(『キッチン』 吉本ばなな) 行動描写で終わる。<事物論理> <思考感情論理> 「痩せた男は、アイス・ピックを自分の心臓に深ぶかと突き立てた。」(『ウィークエンド・シャッフル』「その情報は暗号」 筒井康隆) 泣いて終わる。<事物論理> <思考感情論理> 「その濃やかなはだをとおしてもれだす甘いにおいをかぎながら、また新たなる涙を流した。」(『銀の匙』 中勘助) 生活時間が終わる(つまり死ぬ)ことで終わる。<事物論理> <思考感情論理> 「新しい雪が降ってくる。史朗さんの雪だと思った。」(『雪の断章』 佐々木丸美) 風景描写で終わる。<事物論理> <思考感情論理> 「今年は柿の豊作で山の秋が美しい。」(『掌の小説』「有難う」 川端康成) 以上のように6つの形式が考えられる。それでは、ひとつずつその尾括形式について見ていきたい。 1.について 話の粗筋:七瀬という人の心が読める家政婦の女の子が主人公。ある夫婦のところに勤めるのだが、その夫婦はお互いに隣の夫婦のそれぞれの事が好きらしい。それを察知した七瀬は「お互いにウソをつき合うくらいなら」とお互いの浮気がばれてしまうように仕組む。しかしお互いその浮気相手に嫉妬することで相手に対する愛情を確認してしまい、七瀬の思惑とは裏腹によりを戻してしまうのである。この最後の一行は、嫉妬した夫から殴られたことでお互いの愛を確認した隣の主婦が幸せそうに玄関の掃除をしている場面である。 まず、ここでの終わり方について考える。この話は被括部分と括部分の間で事態に何らかの変化がある<事物論理>と、被括部分と括部分の間で思考や感情に何らかの変化がある<思考感情論理>で終わっているといえる。<事物論理>で終わっているというのは、人間関係が変化していることを指す。つまり、仲の悪かった夫婦(被括部分)が七瀬の企み(括部分)によって、お互いの愛を確認しよりを戻したという事態の変化のことである。また、もう一ついえることとして、時間の経過がある。仲の悪かった夫婦(被括部分)と、翌朝には仲直りしていたという後日談(括部分)との間で、時間が経過しているという変化のことである。これを下のようにまとめる。 ,日语论文题目,日语论文 |