1 はじめに
現代日本文学に触れると、「村上春樹」という名前は言い落すことができない。村上氏は日本文壇のスターとして、現在世界で最も脚光を浴びている日本人作家だと言える。1979年、『風の歌を聴け』という中編小説で22回群像新人文学賞を受賞した。これをきっかけにして文壇に登場した。「日本式の叙述兼ねてアメリカ風味の小説スタイル」①で注目を浴びた。特に、1987年発表された 「100パーセントの恋愛小説」と銘じた『ノルウェイの森』は上下 1000 万部②以上を売り、日本で史上最大のベストセラーとなった。これをきっかけに、「村上春樹ブーム」が日本に起き、村上氏も国民的作家と目されるようになった。 村上春樹の著作は日本だけでなく、世界にも強い影響力がある。今まで、著作は三十以上の国や地域でその国の言語に訳され、出版された。中国語圏において、1985 年、台湾の頼明珠が台北の雑誌『新書月刊』で「村上春樹の世界」という特集を組み、村上春樹を初めて中国語圏の読者に紹介した。そして 1989 年、大陸の漓江出版社が林少華の翻訳著作《挪威的森林》を刊行した。発行部数は 10 万部を超えた。
1.1 問題意識 村上文学の受容に伴い、中国語訳本を巡る論争も激しくなってきた。特に、中国台湾の頼明珠と大陸の林少華を中心とする「林頼の争い」は日本翻訳文学史上の重要な話題の一つとなった。中国大陸において、林少華は 20 年にわたり、40冊余り③の村上春樹の著作を翻訳し、大陸の読者市場を独占している。大部分の大陸の読者は、「林少華訳=村上春樹著作」として受け入れてきた。林少華の訳文が読者達に“林家铺子”と呼ばれているほど人気を読んでいる。林少華も村上文学の「御用訳者」①と見做された。しかし、2017 年、東京学院の藤井省三教授は『村上春樹のなかの中国』の中に、頼明珠の訳文を「完璧な直訳」と賞賛し、林少華の訳文を「厚化粧」と評した。また、2017年、海南出版社は多額の金を注ぎ込んで上海訳文出版社の代わりに村上著作の作品権を買い取った。海南出版社はいつもの林少華を採用しなかった。新しい翻訳者である施小炜が村上の「御用訳者」に取って代わり、『走ることについて語るときに僕の語ること』②を翻訳した。それに、七年ぶりの村上の新作である『1Q84』の大陸版の訳者も林少華ではなく、再び施小炜である。中国のメディアがこの一連の事件を大きく取り上げ、物議を醸した。一瞬、林少華の訳文への質疑の声が高まってきた。“林家铺子”はまさにピンチに陥るようになった。ところが、一体林少華の訳文をどのように見れば良いのか、果たして「厚化粧」なのか、訳本の特徴と形成された原因は何であるのか。筆者はこれらの問題について大変興味を持っている。
1.2 先行探讨 以上の疑問を抱き、筆者は林訳③について、まずネットで読者達の反応を調べた。林訳に関して、読者達がネットで激しい舌戦を繰り広げていた。林訳が素晴らしいと評価した人がいるのに対し、批判する人もいる。それと同時に、林訳も学者達の関心を引き付けた。ここにおいて、林訳に関する中日両国の学者の主な観点を以下のようにまとめてみたい。 1.2.1 中国側の先行探讨 王向遠(2017)は《二十世纪中国的日本翻译文学史》という本の中で、村上春樹の著作とその中国語訳を一節をもって検討した。原作の主題から風格まで略论した上で、中国の主な訳者である林少華の訳本について以下のような論述をした。“体现了在现代汉语上的良好修养及译者的文学悟性”、“准确到位地再现了原文独特风格”、“村上春树在中国的作用,很大程度依赖于林少华译文的精彩”[1] (筆者訳:林訳は訳者の現代中国語に対する優れた教養と文学への高い理解力を反映した。林少華の訳文は正確かつ十分に原文のユニークな風格を再現した。中国における村上の大変な人気は林少華の訳文の素晴らしさと密接に関わっている) と林訳を訳者自身の文学素質、原文風格の再現、原作の伝播への影響という三つの面から高く評価している。 王志松(2017)は《消费社会转型中的“村上现象”》の中で、林訳を大陸の他の訳本に比べ、林訳が市場を独占する原因について略论した。“在第一阶段,不单是漓江出版社有很多译者参与村上著作翻译,另外也有其他几家出版社前后出版过村上著作,但自一九九八年版‘精品集’出版后渐渐地形成林译本垄断的局面。这其中固然有商业因素,但重要原因还是林译本质量高于其他几个版本” (筆者訳:第一段階に、漓江出版社から沢山の訳者が村上の著作を翻訳した。それだけでなく、他の出版社も相次いで村上春樹の著作を出版した。しかし、1998年の林訳の《精品集》が出版されて以来、林訳は市場を徐々に独占するようになった。勿論、この現象には商業的な原因があるが、主な原因は林訳の質が他の訳本より高い)と述べていた。王氏の探讨は林訳を質の面から評価したと考える。 |