文化大恩の国、韓国。その朝鮮半島の百済より海を渡って日本にもたらされた仏教の中の王者・法華経は、釈迦滅後、その教えを弟子達によって語りÊ...
文化大恩の国、韓国。その朝鮮半島の百済より海を渡って日本にもたらされた仏教の中の王者・法華経は、釈迦滅後、その教えを弟子達によって語り伝えられて来た経典である。何故ゆえに、法華経という経典が現代にまで伝え遺されて来たのだろうか。それは、その教えの持つ優れた哲学性が熟成され昇華されてきた素晴らしさにあるのではないだろうか。なかんづく、経典を伝え広めた東アジアの人々の高い精神性に基づくものであり、その英知が法華経28品6万9384文字の一つひとつに息づいていることを強く感ぜずにはいられない。
インドで成立した法華経は鳩摩羅什によって漢訳された。翻訳した仏典は広く東アジア全域に広まり、日本における諸宗派の根本経典として今日に至るまで人々の中に脈打っている。鳩摩羅什の存在がなければ、韓国も日本も中国も小乗仏教の国になっていたかもしれない。鳩摩羅什だけではない。中国、朝鮮半島、日本と、多くの危険と労力をかけ、陸を旅し海を渡って経典を伝搬した人々がいた。漢訳から仮名文字法華経を起こし、日本での仏教興隆の礎となった人々もいた。これら一人ひとりの使命ある働きなくしては、このたびの「ハングル法華経と仮名書き法華経の語学的比較研究」はありえないものと、只ただ敬服し深く感謝する次第である。
4世紀の朝鮮半島では高句麗、百済、新羅の3国が成立し対立していたが、7世紀に入って勢力を強めた新羅により統一されていく。その激動の渦中で百済の聖明王から仏像や経典が贈られたのが日本への仏教の公的伝来とされているが、百済の果たした役割は、単なる法華経流布の中継ということではない。法華経の教えが当時の百済の人々に選ばれ、解釈され、育まれていたということであり、その尊い法が国の宝として日本に贈られたということにほかならない。
その宝を受けた日本人として、この論文では、韓国のハングル法華経と日本の仮名書き法華経を、鳩摩羅什訳・漢訳「妙法蓮華経」を両国の統一した底本として用い、語学的に対照比較しようとしたものである。ハングル法華経は15世紀にハングルに翻訳された「法華経諺解」と「月印釈譜(釈譜詳節を参照)」を語学的に対照比較した後、これを基に14世紀に翻訳された日本の仮名書き法華経である「妙一本」と「足利本」を同じく対照比較することによって、両国における仏教翻訳を共通分母とし、両国の言語の様々な語学的特徴を研究し、これを通して二つの言語の比較研究の範囲を、現代語に限定せず、中世と古代までさかのぼることができる研究の基盤を生み出すことにある。
研究対象は、法華経28品中、序品第1、方便品第2、比喩品第3、如来寿量品第16の4品で、これら4品を韓・日両国語で電算化し、対照略论を研究措施とした。語彙の表現様相、助詞と連結語尾の選択の差、文章類型をはじめとする文章構造の違いなどを、文章構造と文法表示に対する語彙、文法的観点での多様性を論議した。そして翻訳の観点について、直訳と意訳の関係、語順と文章の切り方の関係性を通して多角的に観察した。その反面、この論文は、ハングル法華経と仮名書き法華経を対照比較する点に焦点を当てたため、両国の法華経が作られた時代の言語特徴を、文法的に細かく観察することができなかったという弱点がある。事実、両国の文献が作られた韓国の15世紀と、日本の14世紀の文法を、この研究で全て論議することは現実的に不可能な作業である。このような論議は、この研究を基に、これから持続されていかなければならない課題である。
最後に、この研究が、法華経という重要な比較対象を基に、このような観点で二つの言語を比較研究することができる機会を生み出したという点で、研究としての価値を評価していただけたら幸いである。
,韩语论文范文,韩语论文网站 |