韓日母語話者における外来語の知覚に関する探讨: 音韻認識の違いに着目して
本論文では、韓日母語話者がお互いの言語の外来語を聞いた時、どのような音韻情報を認識し、母語の心...
韓日母語話者における外来語の知覚に関する探讨: 音韻認識の違いに着目して
本論文では、韓日母語話者がお互いの言語の外来語を聞いた時、どのような音韻情報を認識し、母語の心的辞書に格納されている外来語と照合していくのかを明らかにすることを目的に、日本語学習経験のない韓国語母語話者が日本語外来語を聞いて意味が理解できるかどうか、また、韓国語学習経験のない日本語母語話者が韓国語外来語を聞いて意味が理解できるかどうかを調査した。
まず、第1章では韓国語、日本語、英語の音韻体系について分節音や音節構造、韻律の面から整理し、各言語ごとにどのような音韻構造の違いがあるのかを明らかにしながら、第3章以降の論点の道筋を示した。
第2章では聴取調査の概要と結果について概観し、韓国語母語話者と日本語母語話者で未知外来語の知覚様相が異なることを確認した。
第3章では、調査の結果を最も小さい音韻単位である音素単位で考察し、音節を成す音素の違いがお互いの言語の未知外来語の知覚に与える影響を考察した。まず、両言語間の母音の違いによる影響について考察した結果、韓日母語話者ともにお互いの未知外来語の知覚が困難になる場合は、同じ原語の母音が韓国語では/애/に、日本語では/a/に転写される場合であることが確認された。また、日本語母語話者が韓国語母語話者に比べて単語知覚が困難になるのは、韓国語/이/と日本語/e/が対応する場合と韓国語/어/と日本語/a/が対応する場合であった。さらに、両言語間で母音の長さが異なる場合は、日本語母語話者は母音の長さで意味弁別をするため、母音の長さの違いによって知覚ができなかった語が幾つか見られた。しかし、母音の長さよりもまず母音の音色の違いが未知外来語の知覚に大きく影響を及ぼし、母音の長さの違いは二次的なものではないかということが推察された。
次に、両言語間の子音の違いによる影響について考察した結果、韓日母語話者ともにお互いの未知外来語の知覚が困難になる場合は、同じ原語の子音が韓国語では/ㅍ/に、日本語では/h/([ɸ])に転写される場合と、韓国語では/ㅌ/が日本語では/ʦ/に転写される場合であった。これは、両言語の子音が調音点と調音法の異なる子音に転写されたためである。また、韓国語/ㅃ/と日本語/p/、韓国語/ㄲ/と日本語/k/のように、韓国語の閉鎖音の濃音と日本語の清音が対応している場合も韓日母語話者ともにお互いの未知外来語の知覚が困難であった。
子音の違いのうち、特に日本語母語話者にとって単語知覚が困難になる場合は、韓国語の/ㄱ//ㄷ//ㅂ//ㅈ/が語頭に立つ場合であった。日本語母語話者は子音の清濁で意味弁別をするため、これらの韓国語子音が語頭に立って無声音で発音され、その音が日本語では濁音に対応している場合は単語の知覚に大きな影響を受けることが確認された。
最後に、両言語間で音素の違いが現れている位置によって、単語知覚に影響が出るかを調べた結果、日本語母語話者には音素の位置による影響が見られたが、韓国語話者には見られなかった。韓国語母語話者は日本語母語話者より音素の違いがあっても意味が理解できる語が多く、両言語間の音素の違いによって未知外来語の知覚に大きい影響を受けないことが確認されたが、そのために音素の位置にも影響を受けなかったと考えられる。
第4章では、音素の次に大きい音韻単位である音節やモーラを基本とした音節構造の違いから、未知外来語の知覚に与える影響を考察した。
まず、韓日外来語の語の長さと単語知覚できる確率との関係性について考察した。非母語の外来語を聴取する際、語の長さが長い方が音韻情報がより多く含まれるため、単語を知覚しやすいのではないかと予想された。略论結果は、韓国語母語話者の場合、日本語外来語の長さが2モーラ語から5モーラ語まで語の長さが長くなるにつれて正答率平均が高くなり、6モーラ語から8モーラ語になると低くなった。原語が共通する日本語と韓国語の外来語の音節数の差を単語ごとに求め、その差が大きくなると正答率が下がるという傾向が見られたことから、両言語間の音節数の差によって未知外来語の知覚に影響を受けることがわかった。一方、日本語母語話者は韓国語外来語の音節数が長くなるにつれて正答率が高くなり、日本語と韓国語の外来語の音節数の差の影響も見られなかったことから、未知外来語の語の長さが長ければ、単語知覚がされやすいということが推察された。
次に、語頭と語末の音節構造の違いについて考察した。韓国語母語話者の場合は両言語間の音節構造の違いに影響を受け、語頭と語末の音節構造が両言語間で異なる場合に単語知覚が困難になることが明らかとなった。それに対し、日本語母語話者の場合は語頭の音節構造の違いには単語知覚に影響を受けるが、語末の音節構造の違いには単語知覚に影響を受けないことがわかった。
最後に、日本語の特殊モーラの影響を調べるため、語の内部構造を音節構造の種類とその配列によって略论した。その結果、韓国語母語話者は日本語に特殊モーラが含まれていても、音節数が同じであれば意味推測できる可能性が高いことが明らかとなった。また、原語の閉音節が日本語に取り入れられた際に開音節化されて両言語の音節数が異なる場合、単語の知覚が困難になることが確認できた。
一方、日本語母語話者の場合は、両言語間で音節数やモーラ数が同じ場合でも音素の違いなどにより単語知覚が困難になることがわかった。また、日本語に特殊モーラが含まれている場合は、日本語で語頭音節に長音が含まれる語と意味が対応している韓国語外来語のみ知覚が困難になるという結果が得られ、その他の特殊モーラの影響については特に見られなかった。また、原語が日本語に借用される際に開音節化を起こした語と意味が対応している韓国語外来語の知覚も多少困難になる様子が見られた。
第5章では、リズム体系の異なる韓日母語話者がお互いの言語の音節構造をどのようなリズムで知覚しているのか確認した。
まず、音節拍リズムを持つ韓国語母語話者は、言語を音節の下位範疇であるモーラの単位まで認識しないため、未知の日本語外来語を聞いた時にも韓国語と同じ音節拍リズムで知覚していることが確認できた。日本語の音節構造をそのままの音節構造どおり(開音節は開音節に、閉音節は閉音節)に知覚することも確認された。しかし、特殊モーラである促音は閉鎖時間の長さを認識しない韓国語母語話者には知覚されず、開音節で知覚する場合が多く見られたが、単語の知覚に特に影響を与えているわけではなかった。したがって、日本語と韓国語の外来語の音節構造が同じ場合は単語知覚が容易になるが、日本語が開音節化を起こして日本語と韓国語の音節構造が異なる外来語では、韓国語母語話者はそれを開音節として知覚するため、単語知覚が困難になると考えられる。つまり、韓国語母語話者には両言語間の音節構造の違いが単語知覚できるかできないかの大きな要因となることが明らかになった。
一方、日本語母語話者は音節よりも小さい単位であるモーラ単位で言語のリズムを知覚する。そのため、未知の韓国語外来語を聞いた時、それが韓国語母語話者が音節リズムで発音した語であっても、韓国語のピッチパタンや子音の特徴などを敏感に感じ取り、ピッチの下降や子音の閉鎖時間をモーラで捉えていることが観察された。また、韓国語は閉音節が多く見られ、音節末子音に来る音素も日本語より多いため、日本語にはない末子音は日本語母語話者には知覚できないか、または開音節化して知覚していることがわかった。このように、日本語母語話者が感じる韓国語のリズムは単なる音節が一定のリズムで繰り返すというようなリズムではなく、閉音節の多さや、ピッチパタン、子音の特徴などを感じ取りながら、より複雑なリズムで知覚していることが示唆された。しかし、日本語母語話者が未知外来語を母語のモーラ拍リズムで知覚しているといっても、その知覚されたリズムは日本語の持つモーラ拍リズムとは異なるものである。そのため、日本語母語話者は韓国語外来語を日本語のリズムにぴったりと当てはめて知覚することができない。したがって、日本語母語話者の場合は、韓日両言語のリズムの違いによって未知外来語の知覚に大きく影響を受けるというよりは、リズムを構成する音節構造やピッチパタン、子音や母音の特徴などを総合的に判断して単語を知覚しているのではないかと推察された。
第6章では、第5章までで行った考察をもとに、外来語を4つのグループに分類しながら、本論文の結果を日本語教育における外来語指導にどのように生かしていけるか検討した。その結果、①韓日母語話者ともに正答率が高いグループは「両言語間の音節構造が同じで、語頭音節音素の一致率も高い」という特徴を持ち、②韓国語母語話者の正答率が高く日本語母語話者の正答率が低いグループは「両言語間の音節構造が同じだが、語頭音節音素の一致率が低い」という特徴を持ち、③韓日母語話者ともに正答率が低いグループは「両言語間の音節構造が異なり、語頭音節音素の一致率も低い」という特徴を持ち、④韓国語母語話者の正答率が低く日本語母語話者の正答率が高いグループは「両言語間の音節構造が異なるが、語頭音節音素の一致率が高い語」という特徴を持つことがわかった。そして、語彙グループ別に日本語外来語学習または指導の際に、韓国人日本語学習者と日本語母語話者教師が留意しなければならない点について述べた。
第7章では、韓日外来語間の音韻構造の違いが、お互いの言語の未知外来語の知覚にどのように複合的に影響しているのかを確認した。その結果、韓国語母語話者は未知外来語を知覚する際、母語との語頭・語末の音節構造の違いや語頭音節音素の違いに影響を受けることが確認できた。日本語母語話者の場合は、母語との語頭音節構造の違いや語頭音節音素の違いに影響を受けるが、特に語頭音節音素の違いの影響が大きいことが確認された。また、語末の音節構造の違いや韓国語の語末音節に激音が来る場合、韓国語の語末子音が閉鎖音の場合など、その他の要素が複数含まれることによって、未知外来語の知覚がより困難になると考えられた。
以上、本論文で得られた結果を総括した。最後に今後の課題について述べる。
まず、本論文では、実際に使用されている外来語を調査語彙として使用し、調査・略论を進めた。単語を知覚する際には、音素、音節構造、言語リズムなど、さまざまな要素が心的辞書の音韻情報と照合され、単語が特定されていく。さまざまな要素が含まれているために、単語知覚のできない要因がどの要因なのか特定することは困難を極める。それを解決するために、今後は擬似単語を作成し、両言語間で音素のみが異なる語、また、両言語間で音節構造のみが異なる語などを使用して実験を行えば、単語の知覚が困難になる要因をより明確にできると考えられる。
また、本論文では非母語の外来語の聴取実験において、韓国語母語話者には日本語を、日本語母語話者には韓国語を対象語として使用した。今後は対象語の範囲を広げ、音節拍リズムを持つ別の言語であるフランス語や、強勢拍リズムを持つドイツ語などを利用しながら、韓日母語話者がそれぞれの言語の未知外来語をどのように知覚するのかを比較してみたい。これらは今後の課題とする。
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